ファミリーオフィスについて

最近、日本でもよくファミリーオフィスというワードをよく耳にするようになりました。

ファミリーオフィスは、端的にいうと一族のファミリー資産を管理・運用・承継するために作られた組織です。日本でも資産管理会社の設立が広く行われているが、その目的は主に税務面での効率的な資産承継というある種後ろ向きの目的が動機が強いように思います。

その背景は、日本の相続税率が非常に高く、特に株式や不動産などの非流動性資産について相続への備えを行わないと、会社事業や生活に大きな影響が出てしまうことがあります。このことから海外でのファミリーオフィスについて日本の方とお話しすると、税務的なメリットの有無に焦点が当てられすぎている気がしています。

私も、もともとはどちらかというと節税目的の資産管理会社、というようなイメージを持っていましたが、シンガポールで金融・税務といった分野に携わる中で、もっと広範な意義や存在があるのではと思うようになりました。このブログでは自分の勉強も兼ねて、新聞記事や公開されているファミリーオフィスのウェブサイトなんかを紹介しながら、海外のファミリーオフィスがどのような活動を行っているか、考察していきたいと思っています。


目次


シンガポールの税制とファミリーオフィス

シンガポールの法人税率は現在17%、相続税や贈与税はなく、一定のキャピタルゲインは免税となり、また13X、13Rと呼ばれる優遇税制を適用することでほとんどの運用所得が免税になるというスキームもあります。そこで日本の金融関連の方や会計事務所の方から、シンガポールのような低税率国にファミリーオフィスを設立することで日本人も税務上のメリットが得られるのかと聞かれることがあります。

残念ながら、話はそんなに単純ではありません。まず、日本にはタックスヘイブン税制というものがあります。これは、ざっくりいうと内国法人や日本居住者が低税率国で保有する法人で得た所得が株主段階での所得計算に取り込まれるという制度です。つまり、シンガポールで運用所得が免税になったとしても、結局日本で得た所得と同じように日本の法人税が課されてしまうということになります。

それではシンガポールに移住すれば税メリットはとれるのでしょうか。ここではいわゆる出国税とも言われる国外転出時課税制度というものがあり、一定の場合に日本居住者が出国する際に保有する有価証券に関する含み益について売却したものとみなして課税するという制度があります。つまり、自社株式に多くの含み益がある場合にはまだ売却してもいない段階で、出国する際に多額の所得税を支払わないといけないということになり、特に上場株のオーナーや、成功している非上場会社オーナーにとっては、単純な移住というのがかなり厳しいケースが多いように思います。

つまり、資産保有者が日本居住のままだと海外にファミリーオフィスを設立する税務上のメリットはあまりなく(むしろ不利な場合もあり)、移住をしようとしても国外転出時課税への手当が必要になる、ということで、税務上の麺だけでいうとあまり海外にファミリーオフィスを設立しても意味がなさそうに思えます。


シンガポールでファミリーオフィスを設立する理由

報道によれば、シンガポールには2020年10月時点で現在200超のファミリーオフィスがあり、約2兆円の資産が運用されているということです。

About 200 single family offices in Singapore manage some $27 billion in assets: Tharman https://www.straitstimes.com/business/banking/about-200-single-family-offices-in-singapore-manage-some-27-billion-in-assets

シンガポールでは、ACRAという法人の登記情報がオンラインに公開されており、お金を払えば誰でも簡単に調べることができますが、Famiy Officeと検索するだけでも250超の名前がヒットします。Famiy Officeと名前についていなくても、ファミリーオフィスの中にはXX Capital、XX Investment、みたいな名前のものもあると想像されますので、報道されている数字よりも遥かに多くの資産が運用されているのではと思います。

欧米諸国でも、日本と同じようにタックスヘイブン税制(一般的にCFCルールと言われます)を取り入れている国も多いにもかかわらず、これだけの数のファミリーオフィスがシンガポールに設立されているということは、必ずしも税務上のメリットだけを目的に設立されているというわけではないのではないかと思います。

前おきがかなり長くなってしまいましたが、そんな経緯で、なぜシンガポールにそれだけファミリーオフィスが設立されているのかに疑問を持ち、色々とファミリーオフィス事情について調べてみたところ、とても興味深いシンガポール政府の取り組みや、あまり考えていなかったメリットがありました。また、ファミリーオフィスによっては、ウェブサイトを公開し、家族の成り立ちや家業の社会的意義、投資活動でどのようなインパクトを社会に与えていきたいかなどマーケティングしており、日本の資産管理会社と趣が大きく異なるようにも思います。

ただ、事前に予想していたように、やはり日本語での情報は非常に少なく(英語でも情報は限られているが)日本語で発信する意味があると思ったので、このブログでは具体例なんかを交えて紹介していきたいと思います。


シンガポールでファミリーオフィスを設立するメリット・目的

まずは今回はシンガポールでファミリーオフィスを設立するメリット・目的について考えてみようと思います。

〈1〉インフラ面の優位性

もちろんシンガポールが前述の低税率国であるということに加え、政治的・法的に安定していること、物価は高いがある程度コントロールされていること、などが挙げられます(税制度の詳しい話は別の記事で取り上げるかもしれないが、ちょっとググればたくさん出てくるのでここでは割愛すします)。

また、ファミリーメンバーが移住してファミリーオフィスを設立するケースでは、当然現地国での生活のしやすさというのも大きなポイントとして挙げられます。シンガポールは治安が非常に良く、生活インフラが高レベルで整っており、高い教育レベルを誇っているためこの点では他の(日本を除く)アジア諸国と比べ、かなり優位性があると言えます。また、それに加え、英語環境であるということは非常に大きいと思う。欧米のファミリーはもちろん、東南アジアの一定水準以上の方は驚くほど英語が堪能です。

少し脱線するが、こちらに来てから、タイ、インドネシア、フィリピンなどの東南アジアのローカル金融機関の方とお話しする機会もありましたがみなさん英語が非常にお上手で、日本では一応グローバル組織を謳っているような大きな金融機関の役員クラスでも英語が話せない人が多くいる現状を比べると、アジアの中で取り残されないためにも日本人の英語教育も急務だと感じます。

2〉金融人材・ファミリーオフィス人材の獲得のしやすさ

ファミリーオフィスを設立するにあたって、優秀な人員を獲得することは何よりも重要となります。投資の案件のソーシングや市況環境の収集、ポートフォリオのリスク管理に加え、philanthropyと言われる慈善活動、社会奉仕活動に関する情報の収集、ファミリーの活動のマーケティング、優遇税制の適用に関しての政府との折衝、他のファミリーオフィスとのネットワーキングなど、求められる能力は非常に高く、良いファミリーオフィスを作れるかは、いい人材を獲得できるかにかかっているといっても過言ではないと思います。

この点、シンガポールではアジア各国から金融人材が集まっておりそもそも人材プールがあることに加えて、プライベートバンカーやインベストメントバンカーがバイサイドのファミリーオフィスに行く、というのがキャリアパスとして一般的に認知されてきているように思います。

単一のファミリーの資産管理などを行うシングルファミリーオフィスのウェブサイトなどをみると、一流の大学を卒業し、金融機関やコンサル出身の経歴の方が目立ちます。

この点、短期のノルマに追われ必死に汗をかいて働くセルサイドの生活から、長期的な目線でファミリーの資産の運用を任され、ある程度の高報酬も保証される生活に変わるということで、魅力的なキャリアパスとも言えるのかもしれません。日本でもM&Aバンカーが数年経つとバイサイドのPEファンドに行く、というのが既に一般的になって来ているように思うが、それと同じような思考なのかもしれないなと思いました。

シンガポール政府としても2019年にウェルスマネジメント分野でのキャリアパスとしてファミリーオフィスアドバイザーというのを明確に提示し、ファミリーオフィス人材育成のためのトレーニングプログラムなどを推進しているようだ。(https://citywireasia.com/news/singapore-adds-family-office-advisor-to-career-pathway-for-rms/a1384560

こういった活動からも世界の富裕層マネーを資源として取り込もうとするシンガポール政府の意思が感じ取れます。

〈3〉アジアの投資拠点としての魅力

シンガポールにファミリーオフィスを設立する大きなメリットの一つとして、アジアの投資拠点として投資案件や情報が集まってくる、ということがあげられると思います。アジアの企業のビジネス拠点やHQが集まり、情報も人材も集まり、さらにほとんどが英語であるために言語の壁もありません。低税率であり、投資インフラも整っていることからベンチャーキャピタルやPEファンドなどが集まり未公開株やスタートアップの情報も集まっています。

さらに、シンガポール政府もファミリーオフィスやファンドを誘致しようとさまざまな施策を打っています。

MAS(シンガポールの金融庁)主導で、Family Office Circle というファミリーオフィス同士のネットワーキングやベストプラクティスの情報交換を促進するようなイベントを企画したり、Deal Fridaysという有望スタートアップがファミリーオフィスにピッチを行う企画も政府機関主導で行われています。

また、これまた政府主導でスタートアップ、エンジェル投資家、ファミリーオフィス、VCファンドなどのデータベースが整備されています(https://www.startupsg.gov.sg/directory)。シンガポールも、アジアのスタートアップのエコシステムの中心となるべく、あの手この手で施策を打っています。このデータベースなんかを見ていても、あまり日系の投資家や会社の情報が見つからず、まだ日本人の間での知名度が上がっていないのかもしれないと思いました。

また、法制度面でもVCC制度という、資本の払い戻しや配当を容易に行えるような枠組みを作り、その設立費用の補助を行うなどの施策も行なっています(VCCについては、ヘッジファンドなどの投資ビークルとしては勿論、特に大型のファミリーオフィスやマルチファミリーオフィスの13X/13Rの適用についてコストの面でも利点がありますが、また今後その辺りもご紹介していきたいと思います。)。


おわりに

直近、Google共同創業者のBrin氏のファミリーオフィスの支店がシンガポールに設立されるという報道もありましたが、アジアでの投資の拠点として上記のようなメリットからシンガポールを選んだのだと思いました。もちろん、税効率の良いストラクチャーや居住地国に関する検討もなされているとは思うが、必ずしもそれだけではなく、情報の面や英語環境、人材の集めやすさ、政府の後押しなどたくさんのメリットがあると思います。

まだ、日本のファミリーがシンガポールにアジアでの投資拠点を作るというような動きはそれほど見られていないように思いますが、もっと上記のような情報や世界のファミリーオフィスの動向が日本に伝わり、こういったグローバルの金融人材、投資案件、情報の集積、ネットワーキングといった面で海外に拠点を出して行く日本のファミリーオフィスが出てきても良いのではと思いました。

今後は、具体的に個別の欧米のファミリーオフィスや東南アジア、中東のファミリーオフィスがどのような活動を行なっているのかについてなども、ウェブサイトなどから考察し本ブログで発信していきたいと思います。